先日、福岡にて症例発表と歯科実習を受けてきたのですが、帰りの福岡発羽田行きの飛行機の到着が大幅に遅延した為、羽田発の新千歳行きの最終便に間に合わず羽田で足止めされるというトラブルが起きてしまいました。
羽田近郊で急遽ホテルを手配し、翌日の始発便で北海道に戻り、特急とタクシーを使って直行で病院に戻らなくてはならないという事がありまして、大変でした。朝一番の診察にギリギリ間に合いました。

早速ですが、歯周基本治療に則って治療した症例に関してです。

症例は犬、年齢はまだ2歳です。
この症例は、飼主様が頑張ってい歯磨きをしており、肉眼的には歯石の沈着は僅かな犬でした。
歯磨きで血が出たり、口臭がするとの主訴がありました。
同居犬が抜歯になってしまったご経験から早期の処置を希望された為、全身麻酔下にて歯周基本治療を行いました。

上顎の切歯と切歯の間(歯間)に歯石が沈着しており、歯間乳頭(歯間にある三角形状の歯肉)を含め歯肉が全体的に赤く充血し、辺縁が鈍化しています。
また、一部では歯肉が歯根に向かって退縮(歯の根っこにむけて歯肉が下がっている)しています。


上顎切歯の歯科レントゲン画像です。
ちょっと分かりづらいのですが写真の左側が左上顎切歯、右側が右上顎切歯(101-103)となっています。
細かい読影に関しては省きますが、歯槽骨が一部えぐれています(骨吸収)

まず、目視での口腔内を確認、歯や歯肉に状態を評価してから処置前後の状態を写真撮影して記憶します。
つぎにプロービング検査を実施を実施し、レントゲン検査では分からない部分の歯周ポケットがないか確認します。

超音波スケーラーを用いて歯石を除去していきます。

写真は動画を切り抜きしたものです。

当院では使用しているスケーラーは2種類あります。
一つはどの動物病院にもあるピエゾ式スケーラー、もう一つはマグネット式スケーラーです。

ピエゾ式は、主にチップの長軸方向(縦方向)に直線的な振動(振幅運動)をします。
チップの先端が前後に細かく動くイメージです。
チップの振動方向が安定しており、効率よく歯石を除去しやすい反面、チップの形状によっては、特定の部位へのアクセスが難しい場合があります。

マグネット式は、チップが楕円を描くように全方向性(360度)に振動します。
チップの先端が揺れるようなイメージです。
チップの全ての面が振動するため、操作の自由度が高い反面、チップが熱を帯びやすい傾向があるため、注水冷却が非常に重要で、ピエゾ式に比べると出力がやや劣る場合があります。

犬の場合、頬側はピエゾ式の方が効率よく歯石を除去できますが、口蓋側・舌側は角度調整が難しく、マグネット式の方がやり易いです。
また、歯根面の歯石除去に関しては振幅運動では取れない所もあるため、マグネット式で対応しています。
スケーラーのチップを付け替えながら作業していきます。

この付け替え作業で結構な時間ロスが発生するので処置時間がどうしても長くなってしまいます。
なので、今すぐではありませんがマグネット式超音波スケーラーをもう1台追加して2台体制で、スケーラーチップを交換しないでスムーズに作業できる体制を考えています。

歯石を除去したら、取り残しがないか確認します。
歯科ユニットについている3wayシリンジ(水、空気、そしてそれらを混合したスプレーを噴射できる3つの機能を持つ歯科器具)を使って歯肉溝または歯周ポケットに軽く空気を送り込み、歯と歯肉の境界を確認します。
歯石の取り残しがあれば、スケーラーで可能な限り除去します。

歯石除去後にはポリッシング剤(研磨剤)を用いて歯冠表面を磨きます。
研磨後は流水にて歯の表面や歯肉溝内、歯周ポケット内に入り込んだ研磨剤を綺麗に洗い流します。

通常の歯石除去は、これで終わりです。
何もなければ処置後に写真を撮って、麻酔を切って覚醒するまで待ちます。

ただし、歯周病により歯周ポケットが深い場合は、これだけでは治らない事があります。
根面に歯石が微量に残っていたり、歯周ポケット内には見えない細菌がいます。バイオフィルムを形成していることもあります。
その為、細菌の殺菌ならびに炎症により弱った歯肉を除去する目的でEr.Yagレーザーの歯周ポケット内照射を行います。

Er:YAGレーザーは、水への吸収性が非常に高いという特徴があります。
この特性により、レーザーエネルギーが組織の表面の水分に集中し、瞬時に蒸散させることで組織を切開・除去します。他のレーザーに比べて熱の発生が少なく、周囲組織へのダメージが少ないため、一般的には出血や痛みが少ないとされています。また、レーザーが水と反応し爆発した際に生じる効果により高い殺菌作用が生じ、傷の治りを促進する効果も期待されています。

動物の場合は全身麻酔下なので、人医療での利点の一つである「痛みが少ない」が享受できていません。
また、炎症を起こしている組織や血管に作用するため、一時的に結構な出血が見られることが多いです。
(実際の出血量は極微量なのですが、拡大視野下では結構な出血に見えます)
特に、歯肉縁下の歯石や病的な組織を除去する際に、出血しやすい状態の歯肉にレーザーが当たることで出血が生じます。
今回の症例も、歯肉縁下の炎症があるため、Er.YAGレーザー照射後に出血しています。

この写真は治療直後のものです。
歯石はしっかりと取れていますが、歯肉辺縁は処置により充血しています。
今回、歯肉縁下(歯周ポケットと呼ばれる、歯と歯茎の境目にある溝の奥深く、歯の根元に相当する部分を指す)の歯石・歯垢を綺麗に除去できたので、これで炎症が改善するはずです。

基本歯周治療を行った1週間後の写真です。
術前の写真とは異なり、歯肉の充血はまだありますが、歯肉全体的に腫れが改善し、歯間乳頭も綺麗な三角形を呈しています。
炎症により歯肉の辺縁が鈍化していたものが歯周病の原因を除去することにより、生体がもつ修復能力が発揮されて影響です。
慢性してきな炎症により歯槽骨の一部が溶解した結果、生じてしまった歯周ポケットも、この状態が維持できれば数ヶ月程でもっと綺麗になると思います。

今回は、若齢ではありますが、歯周病になっており、早期に介入し治療したことにより、ここまで綺麗に改善させることができました。
この状況のままもっと月日が経過していたら、歯周ポケットが深くなり歯周基本治療だけでは治せなくなっていたかもしれません。
失われた骨を再生させる再生治療も出来ますが、費用もかかりますし、複数回の麻酔下処置が必須になります。
初期にうまく治療ができれば、生体の修復能力により骨を再生させることができます。

歯周病は歯垢だけが原因ではなく、様々な要因が合わさって起きる多因子性疾患です。
若齢であっても僅かな歯石・歯垢の沈着により過敏な炎症反応を起こし、早期に悪化することもあります
肉眼的には軽微な歯石の沈着であっても、歯周病は歯と歯茎の境界線よりも下の見えない部分で起こっている病気です。
ですので、歯磨きすると血が出てくるとか、歯石の割に口臭が酷いという場合は、歯周病になっていると思われますので、早めの受診・治療を推奨いたします。

ちなみに、動物医療の場合は肉眼的視診には限界があり、仮診断という形で治療に入る事が多いです。
その為、確定診断は全身麻酔下での歯科レントゲンを撮影やプロービング検査が必要になります。

治療の1つの目安になれるよう鈍足更新ではありますが、可能な限り情報提供を行っていきます。