春の予防シーズンである繁忙期を乗り越え、やっと日常業務に復帰しました。

その間、なぜか春になると一定の割合で遭遇する様々なトラブルがありまして、当院も巻き込まれて大変でした。
どこの業界でも起きていますが、真実ではないことを捏造してさらっと簡単に世に送り出させしまうSNSの恐ろしさたるや本当に厄介で困ります。
かなり気をつけていても、回避できるものでもないので、もはや嵐がすぎさるのを待つほかありません。
基本は静観なのですが、あまりに度が過ぎる捏造には対応せざるを得ないので困りものです。

愚痴はこれくらいにして….

今回は歯周基本治療に関してです。

歯周基本治療は、歯周病治療の最も基本的なステップであり、歯周病の原因を取り除き、口腔内を清潔に保つことを目的とした治療です。

歯周病の進行度に関わらず、すべての歯周病患者さんに対して必ず行われる重要な治療となります。

犬でも猫でも、人と同じように治療していきますが、残念ながら動物医療においてはヒトのようなガイドラインがありません。

ついこの間まで獣医師による歯石除去が治療行為として明確に線引がなされていませんでした。
そういうこともあり、歯科に関して口臭や審美性の改善を目的とした処置程度としか考えていない獣医師が多く、歯肉炎と歯周病の違いをしっかりと説明できる人も少ないのが実情です。

以前は「いかに上手く・素早く・綺麗に抜歯できるか」が、歯科ができる獣医師の評価基準?でした。
今では「治療ができることはもちろんのこと、どうしてその検査や治療が必要なのか、必要だったのか、それらを飼主様にしっかりとインフォームできるか」が評価基準になります。

現在、私が所属している日本獣医歯科学会(旧:比較歯科研究会)の「臨床歯科診断学技能認定」はそれを目的としています。
歯科診断に必要なレントゲンの撮影法やその読影、解剖学、組織学、歯周病、犬猫の歯科疾患等の基礎的知識、さらに飼主へインフォームする術を学び認定試験と面接、症例発表などを経て無事に合格すると技能認定されます。専門医資格ではありません。この獣医師は学会が認める臨床歯科学の診断に必要な知識がありますよというものです。

動物歯科は大学では解剖学的な事以外には教わりませんでしたし、教科書もありません。
結局は、卒後に先人たちが書いた書籍等で自学自習するか、技術・知識がある人に教授してもらう方法以外に知見を得る手段がありません。
生涯学習という言葉が医療系学問では一般的ですが、知識や技術のupdateは、常に必要になります。
学会の技能認定は、あくまでその通過点の一つに過ぎません。

そういう事情もあって、ほぼ毎月、病院を定期休診日以外にも臨時休診にして全国各地を飛び回って勉強している次第です。
スケジュールを確認したら、年内は12月まで毎月予定が入っています。飛行機とホテルの手配が大変です。
ですので、「臨時休診多すぎ」とか「他は休まないで診察してくれるのに」とか「予約しないと診察してくれない」とか言わないで下さい。
ご迷惑をおかけしているいうことは重々承知していますので、ご理解いただけると幸いです。

この絶え間ない研鑽の結果、以前であれば「これは抜歯ですね」となっていたのが、今では「抜歯せずに治せるかもしれない」になっているので着実に成長していると思います。
誤解のないように書きますが、治せないものは治せません
旧来の認識では抜歯対象とされていた歯に対して、複数の治療選択肢から抜歯しなくても治せるかもしれないという意味です。
重要な歯を守るために、他を抜歯する必要もあるので、決して「抜歯=悪手」ではありません。
どうして抜歯が必要だったのかをしっかりと説明できることが重要です。

前置きが長くなりましたが、本題の歯周基本治療に関して説明します。
基本的にはヒト医療のガイドラインを主軸していますが、ヒトのガイドラインをそのまま全て犬・猫に適用することはできません。

【歯周基本治療の目的】

歯周基本治療の主な目的は以下の通りです。

 ●急性症状の緩和:歯周病による痛みや腫れなどの炎症症状を和らげます。
 ●慢性炎症の軽減:歯周病の原因であるプラーク(歯垢)や歯石を除去することで、歯茎の炎症を軽減します。
 ●歯周病悪化要因の除去:歯周病を悪化させる生活習慣や噛み合わせの問題などを改善します。
 ●歯周病の進行抑制:飼主様が口腔内の衛生管理を行え、歯周病が進行しにくい環境を整えます。
 ●歯周外科治療への準備:歯周基本治療で改善が見られない場合に、歯周外科治療へ移行するための準備として、口腔内の環境を整えます。

【歯周基本治療の内容】

歯周基本治療では、具体的に以下の処置が行われます。

1.精密検査と診断

口腔内写真撮影:治療前後の比較のために、口腔内の状態を記録します。
レントゲン検査:歯を支える歯根や歯槽骨の状態や歯周病の進行度を確認します。
プロービング:歯周ポケットの深さを測定し、歯茎からの出血や膿の有無を調べます。歯周ポケットの深さによって歯周病の進行度を評価。
歯の動揺度検査:歯のぐらつきの程度を確認します。

2.スケーリング(歯石除去)
歯茎の上である歯冠部、歯と歯茎の隙間である歯肉溝内に付着したプラークや歯石(前者を縁上歯石、後者を縁下歯石と呼びます)を、超音波スケーラーや手用スケーラー、Er.YAGレーザー等の専用器具を用いて除去します。これにより、細菌の温床を取り除き、炎症を軽減します。

3.ルートプレーニング(SRP: スケーリング・ルートプレーニング)
スケーリング後の再検査で、さらなる治療が必要と判断された場合に行われます。
歯茎の中(歯周ポケット内)に付着した歯石や、細菌に汚染された歯の根の表面(歯根面)を徹底的に除去し、滑らか(滑沢化)にします。
歯根面が滑らかになることで、歯茎が引き締まり、細菌が再付着しにくい環境を整えます。

※当院では症例によりルートプレーニングも行いますが、根面をマイクロスコープにて拡大しながら縁下歯石を除去しています。
角度等により視認できないところもありますので、最後にEr.YAGレーザーを使って可能な限り取り残しがないよう除去しています。

4.プラークコントロール
歯周病の原因であるプラークを飼主様が日常的に除去できるように、歯磨きの方法(スクラビング法、バス法など)を指導します。
犬・猫の場合はこの一番重要な事がうまく出来ないので、どうのような方法で歯磨きしたら良いか、歯や顎の構造などを骨標本を使って説明しています。

歯磨きに関して、相手は言うことを聞いてくれないのでうまく出来なくて当たり前です。

ですが、今まで「0」だったものが「1や2」に少しでもできるようになれば、それは進行を抑えることに繋がります。

プラークコントロールを日々患者へ指導している歯科衛生士や歯科医師も大変と聞きます。
意思疎通ができる対象でさえ難しいのですから、意思疎通が難しい犬・猫は出来なくても当たり前。全く問題ありません。
でも少しでもできると歯周病の進行が少し緩和しますので、頑張っていただければと思います。

次回は、歯周基本治療をすることで歯肉の状態が改善することを実際の症例写真を使って解説します。