前回は、どの歯がどういう状況で破折し易いかを簡単に説明しました。

今回は歯内治療の説明の前に、歯の本体である象牙質について解説したいと思います。

動物医療の場合、虫歯による神経への感染は殆どありません。
様々な外的要因による歯冠の破折が原因で起きる歯髄の露出、またはエナメル質と象牙質におよぶ損傷が原因で起きる象牙細管を経由しての感染、歯周病から歯根部にあるセメント質から象牙細管を経由しての感染が主です。

先ほどから出てきている象牙細管って言葉は何?と思われる方も多いと思いますので説明します。

上の人歯の断面イラストにある象牙質の線状構造が象牙細管です。
象牙細管とは、象牙質全域に無数に存在する直径数μmの細い管の事で、歯髄からエナメル象牙質境にかけて放射線状に走行しています。その象牙細管内に象牙芽細胞の突起と組織液が入っており、これらにより象牙の形成と維持を行っています。

実は、この象牙細管内には神経は存在しません(色々研究されているが存在を証明出来ていない)。

では、神経がないのに知覚過敏とか痛みとかどうやって感じているのか?
現時点では、この象牙細管内にある象牙芽細胞突起と組織液の動きによる「動水力学説(hydro dynamic theory)」によるものという説が有力です。

動水力学説とは、象牙質表面への刺激が象牙細管内に浸透圧差を生じ、これにより象牙細管内の組織液が移動し、そしてその浸透圧差により移動した組織液の流れが、歯髄に存在する神経を刺激するというものです。また、象牙芽細胞が、浸透圧差により移動した組織液の流れを感知し、さらにその情報を神経に伝達することが示されつつあります。

下の写真は走査型電子顕微鏡により撮影された牛の象牙細管です。
たくさんの穴が開いています。細菌はこの管よりも小さい事から、管内に容易に入るのです。

画像引用:Lopes, Murilo & Sinhoreti, Mário & Gonini Júnior, Alcides & Consani, Simonides & McCabe, John. (2009). Comparative study of tubular diameter and quantity for human and bovine dentin at different depths. Brazilian dental journal. 20. 279-83. 10.1590/S0103-64402009000400003.

牛の象牙質に細菌が接触させ、象牙細管内にどれくらいの時間でどの程度の距離入り込むのかを検証した実験では、10日間で449.7(±106.2)μmまで侵入したとあります。ただ、それ以降はちょっと足踏み状態になりまして単純計算でどんどん進んでいくという事にはならなかったようです。組織液が細菌の侵入を抑えている為です。

広範囲の破折による露髄の場合は、直接的に歯髄内に細菌が入り込みますが、部分的なエナメル質の破折の場合であっても時間経過と共に細菌が象牙細管を経由して歯髄内に入り込み感染を起こします。
因みに、歯髄が感染しているかしていないかを確認する方法はありません。高倍率で歯髄の色調で生きている、死んでいるというのはある程度把握できるのですが、そこに細菌がいるかいないかを調べる術が残念ながらありません。

上の画像は、右上顎第四前臼歯の破折です。広範囲に割れており、かつ歯肉縁下まで破折しているのが分かります。そして歯冠近心部(鼻側の方)は割れた破片が一部まだ付着しています。破折を起こしてから大分時間が経過しているようで、がっつりと歯石と歯垢が象牙質に付着しております。この状態では歯髄内への細菌感染が起きていると断言してもよさそうです。

丁寧に歯石を除去し、歯肉を切開し歯肉縁下の歯石と付着していた破折片を除去しました。
これをみると歯が赤くなっているところが露髄している所になります。歯髄が露出している影響で、破折をした側では物を噛まない、噛むのを嫌がる、歯磨きに対してすごく抵抗する等の疼痛に伴う回避行動をとることが多いです。

この歯は、エナメル質だけでなく象牙質も広範囲(歯肉縁下にまで波及)で障害を受け、露髄しています。
この状況で考えられる治療の選択肢としては概ね以下の方法が考えられます。

①破折した歯の抜歯
②露髄した箇所をMTAセメントで覆髄(ふくずい:歯髄を保護する処置法)した後にコンポジットレジンにて歯冠修復
③感染・壊死した歯髄を除去し、歯を温存する歯内治療
④歯石除去のみ(露髄部はノータッチ)

①を選択した場合、カーバイドバーを使って歯を分割して3本ある歯根を除去、歯肉粘膜を使って閉鎖縫合します。
もっとも素早くでき、費用も抜歯・縫合処置だけの場合は、それほど高額にはなりません。ただし、歯を永久に失います。また下顎第1後臼歯との関係から主咬頭が上顎の歯肉に刺さって潰瘍化することもありますし、その場所で物を噛んだりすることができなくなります。当院でも、知識・技術も乏しくマイクロスコープがなかった時期は、これが第一選択肢になっていました。痛みを取り除く治療として抜歯は悪手ではありません。歯内治療と比較し、複数回の麻酔をかける必要がなく、1回の処置で治療が完了します。

②に関しては、破折直後でまだ感染のリスクが低いときの選択肢であり、それでも一度露髄した箇所には細菌が付着してしまいますので閉鎖後に歯髄内への感染が起きないかを保証する事ができません。後日になって歯髄感染の結果、根尖部に骨吸収病変が出てしまう可能性があります。
方法はMTAセメント(強アルカリ性の修復材でpHが高い為に細菌が死滅します。 歯髄や根管内を持続的に殺菌してくれることで、歯の神経や歯の保存が可能)を使って歯髄を保護(覆髄)し、破損した象牙質をコンポジットレジンで修復、または、スーパーボンドを使って破損した歯片と歯を接着した後に周辺をコンポジットレジンで修復。技術と資材が必要になりますので、抜歯より高額になります。

③は、この度当院でもマイクロスコープの導入により精密・安全的に行うことが可能になった抜歯せずに歯を保存する治療法です。感染・壊死した歯髄を物理的に除去し、根管内を化学的洗浄液にて殺菌・有機物の融解を行った後、充填材を用いて根管を閉鎖します。しっかりとした治療を行うには時間とたくさんの資材を使い、マイクロスコープ下での治療が必要になる為、治療費は最も高額になります。長くなるので、次回に詳しく説明します。

④は、付着した歯石除去を行うのみです。ただし、象牙質の状況から歯垢が付着しやすい為、比較的短時間で再歯石化します。また歯髄が露出したままなので痛み等はとれず、歯髄内の感染も防げませんので、時間の経過ととも症状は悪化していきます。最終的には抜歯が必要になる可能性が非常に高くなります。

どれが良いかは、歯の状況や継続的なメンテナンス(歯磨き等)ができるかどうか、飼主様の歯を残したいかどうかの希望、経済的事情、年齢等を考慮した上で決定されます。メンテナンスがある程度できている場合は、歯の温存を希望される方が多いです。
過去に抜歯でしか治療できなかった時代とその後の状況等を考えると、歯は残せるならば残した方が犬によっては良いと思われます。

次回、歯内治療に関して説明していきます。