前回の更新から1か月も経過してしまいました…言い訳すると、電子カルテ化に必要な事務的作業に追われてしまい更新する時間がとれませんでした。

遅くなりましたが、前回の胆泥症の続きです。今回、図が全くありません。ずーっと文章です。

前回、胆嚢という臓器と役割に関して説明しました。

その胆嚢における疾患で比較的容易に見つけることができるのが「胆泥症」です。これは知識さえれば胆嚢をみればすぐに診断できる実にシンプルな病態です。

ただ、こういう画像が見られる=胆泥症という形で脊髄反射してしまうことが殆どで、その実情をしっかりと把握している人は多くはありません。

超音波装置の性能向上に伴ってより鮮明に見えることで、昨今、診断をすることが容易になってきました。

今回はこの胆泥症というものをクローズアップしてきます。

「胆泥症」という名前は、昔からある疾患ではありますが、健康な個体でも無症状で呈していることが多いので、大半の獣医師の認識は「よくあることだから、無症状だし、肝酵素上がってないし、軽度だから」等を理由に挙げ、何もしないケースが多いです。

軽微かつ非進行性であれば確かにそうなのですが、胆泥症を起こすには何らかの原因があるはずなので、原因の特定や食生活の指導等やるべきことが実はたくさんあります。もし、このまま症状が進行した場合、どうなってしまうのか?最悪の場合、死に至る病状に進行することもあるのだと伝えないとなりません。なので、胆泥症に関しては見つかった場合は無視しないで、精査した方が良いです。

ひと昔前までは、胆泥症は胆嚢粘液嚢腫という病気に進行しなければ、特に無治療でも問題ないと云われてきていたので、私自身も見過ごしてきた経緯がありました。

教科書的といいますか、獣医学研究的には「胆泥症」を病気としてとらえないようです。

声を大きく「胆泥症=大丈夫」という獣医師は概ね某国立大学卒またはそこで研修した獣医師・・・理由は知っていますが、あえて書きません。

その方たちが言っていることの全てが間違っているというわけではないです。嘘は言っていません。問題ないこともたくさんあります。

私も自分が肝臓・胆嚢の外科をやるまではすっかり、そのまま鵜呑みにしていました。

しかしながら、そうではない事例をたくさん経験していますし、実際に手術を行って総合的な判断を行うと「胆泥症≠大丈夫」という事がわかります。

肝臓や胆嚢の手術を行っている獣医師ではあれば、画像でわかる胆泥症が単なる胆泥症ではないという事を理解していますが、外科をやらない内科しかやっていない獣医師はその実情を知りません。なので、悪化させて二次診療施設に行かざるを得ない状況になったり、最悪、手遅れになったりしてしまいます。

『超音波にて画像診断し、自分で手術を行い、胆嚢の内容物を肉眼で確認、胆嚢の病理組織検査にて細胞レベルでの変化がどうなっているのを確認』

これを常に行っている獣医師であれば、「胆泥症を病気としてとらえない」というのが間違っているのでは?という認識になります。

画像で見る胆泥症=本当に胆泥症??

これを理解できていないと「胆泥症=特に問題ない、大丈夫、安心してください」という感じになってしまうのです。

「胆泥症は、健康な犬の健康診断等で偶然発見される・・・」という文言が獣医学的な書物等でよくみかけますが、詳しく肝臓を調べてみると、軽〜中程度の原発性門脈低形成症という状態であったり、内分泌疾患を呈していたりと、無症状ではあるが調べてみると隠れた病気がみつかることもしばしば。

もちろん、胆泥症を呈しているが、全くの健康体もいます。

「健康体≠病気ではない」は間違え、未病を病気の前段階ととらえるかいなかの問題です。

未病の段階で積極的に関与すれば、発症を遅らせるor発症させない対策がとれます。

獣医学は病気が発症してからの診断と治療が主であり、未病の段階では治療費の関係もあり、積極的な介入はあまり行われません。

胆泥症とは、胆汁うっ滞(消化管の運動が低下したり、停止したりすること)が生じ、胆嚢内にムチンービリルビン粒子をもつ色素胆泥というものが形成されます。ムチン成分が増加すると胆泥はやがて石になり、沈殿していきます。微細な胆石(砂)が超音波上では灰〜白く見えるわけです。これが胆泥症といわれています。ただし、遺伝的な要因、食生活、ホルモン疾患、年齢、胆嚢収縮能力の低下、薬剤など様々な要因が関与しているので複雑です。

ちなみに、当院では胆泥症と診断した際は、胆泥に可動性があるのか、胆嚢粘膜の肥厚を伴っているか、胆嚢の食前と食後の胆嚢の大きさに変化があるか、胆泥の輝度が肝臓と比較し強くないか等を重点的に確認しています。そして、異常があった場合には肝機能検査を実施しています。その上で、今後のケアに関して相談します。すぐに手術を勧めるのは胆石症か胆嚢粘液嚢腫の時だけです。

因みに、胆石症は胆道疾患を有する患者の1%未満と報告されておりますが、実際はもっと多いです。

ただ、人の胆石はコレステロール系の胆石が一般的なのですが、犬や猫では胆汁色素系の胆石が多いです。この違いは犬や猫は胆嚢内で効率的に胆汁から遊離したカルシウムを再吸収できるので人の胆石よりもカルシウム濃度が少ない傾向にあるためと云われています。

病理組織学的には、胆泥症の胆嚢粘膜ではムチンを分泌する上皮細胞の増加(過形成)が確認されており、一度、過形成を呈したものは元に戻ることがないという事がわかっています。つまり、ムチンの分泌増生は発生すると止まりません。

時間の経過とともにその内容物が増えていき、前回にも述べましたが胆汁は5〜20倍に濃縮されるため、ムチンの濃縮・硬化が起きます。そうなると流動性が失われ、様々な因子(細菌感染など)が合わさって胆石、胆砂も形成されてしまいます。それらが胆嚢粘膜壁に物理的な刺激を与えることで胆嚢粘膜上皮の炎症や潰瘍を起こします。それらの刺激から粘膜を守るためにムチンを作る細胞が増加します。そして、消化管からの細菌の流入があった場合、化膿性胆嚢炎、肝炎、胆管炎という病気になります。また、胆石・胆砂が総胆管という管に流れた場合、閉塞を起こして胆汁が出ない状況に陥ったり、疝痛(一般に胃や腸などの消化管にその原因がある腹痛)の原因にもなります。

それらの症状は、無処置であれば最悪の場合は死に至ります。

因みに、胆管閉塞を起こしても直ちに動物は死にません。激しい黄疸が出て肌が真っ黄色になりますが、側副路という出口があるので生存します。細菌感染によるエンドトキシンという毒素が増えても直ちには死に至りません。ただし、閉塞エンドトキシン門脈圧の亢進が起きた際に動物は絶命します。

これらの事から、胆泥症は直ちに病気になるということではないのは事実ですが、経過をしっかりと観察すべきですし、食生活の指導や合併症の有無などをしっかりと評価すべき事案です。胆泥症といっても病名というよりは病態であって、その内容物は開けてみるまでわかりませんから、安易に「問題ない。大丈夫です」と云ってはいけないと思われます。

因みに、当院で診断した胆泥症による胆嚢摘出した際の、胆石率はほぼ100%です。砂状であったり、大きな塊であったりと様々ですが、結構な硬度なので痛いと思います。胆嚢に問題がある場合、超音波検査を行うと胆嚢直上になると腹痛を伴うことが多いです。正常であればプローブを軽く押し当てても痛がりません。痛がる=胆嚢炎を起こしている可能性が高いです。

次回は、胆泥症と診断され、実際に手術した症例の超音波画像と摘出された胆嚢内容物です。

順調に作業がすすめば1か月以内に・・・