今回は、停留精巣についてです。

近年の小型犬ブームの中で診る機会が以前よりも多くなってきたような気がします。

停留精巣(睾丸)とは陰嚢内に精巣がない状態のことです。「陰睾」や「潜在睾丸」などと呼ぶ場合もあります。

精巣は胎生期には腎臓の近くにあり、それが胎児の成長にともなって発達し、徐々に陰嚢(いんのう)に向かって下降していきます。通常、腹腔内にあった精巣は鼠径(そけい)部を通って、生後1~2ヶ月までに陰嚢内に納まります。

しかしながら、何らかの理由によりこれが鼠径部を通過できずに、腹腔内に留まってしまった場合や、鼠径部から陰嚢の間に留まってしまう事があります。その留まっている位置によって「鼠径部停留精巣(睾丸)」や「腹腔内停留精巣(睾丸)」等と呼ばれます。片側だけの場合もあれば、両側の場合もあります。右側の方が左側よりも発生頻度が高いというデータもあります。

停留精巣(睾丸)だと何が問題になるかといいますと、第一に生殖機能不全があります。本来、精巣は精子を作る工場であり性ホルモンを分泌する大切な器官です。高い気温にある精巣は、この精子を作る機能が損なわれ、やがて精子を作ることができなくなります。その為、精巣はしっかりと成長することができません。
そして、正常に発達できなかった精巣が年齢を重ねるごとに腫瘍化する危険性が高くなります
精巣にできる腫瘍は、腫瘍化する細胞起源によりセルトリ細胞腫精上皮腫(セミノーマ)間質細胞腫の3種類があります。腹腔内停留精巣の場合、セルトリ細胞腫の発生率が高くなります。

セルトリ細胞腫とは、精母細胞を支持する細胞で女性ホルモンであるエストロジェンを産生する細胞が腫瘍化したものです。その為、この腫瘍になるとエストロジェンが大量に分泌されてしまうために、左右対称性の脱毛や皮膚への色素沈着等の皮膚症状が起こります。また、雄なのに雌のような乳房へと変化します。
そして、過剰なエストロジェンは骨髄を抑制する(造血機能が障害を受ける)為、非再生性貧血(血液を全く作らなくなる状態)に陥り致死的な病状を呈することもあります

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この写真は精巣が腫瘍化する前に摘出された精巣です。左側が陰嚢から取り出した正常な精巣です。右側は腹腔内に停留していた精巣です。生殖機能が発育不全のために精巣が萎縮しています。
この段階であれば問題ありませんが、そのまま放置していると数年後には精巣が腫瘍化してしまい取り返しのつかない事態になる場合があります。

手術は行わずに経過をみつつ、精巣が大きくなってきてから手術することも勿論可能ですが、精巣腫瘍は悪性のものもありますので腫瘍化してからでは遅い場合があります。

また、この停留精巣は遺伝しやすいという問題点もあります。

ですので、当院では麻酔に対するリスクが比較的低く、腫瘍化していない若齢期のうちに停留精巣摘出手術をすることをお勧めしています。